| まつまえ はんしゅ
まつまえ け ぼしょ 松前藩主松前家墓所 ●国指定史跡 松前藩の始祖・武田信広から19代にわたる歴代藩主、その室や子などが眠る墓所で、イチョウやオンコの古木にかこまれて55基の墓碑が静かに並んでいます。墓碑は五輪塔形式で、石造りの屋形風覆屋(やかたふうおおいや)に収められているものが多く、なかにはキリシタン信仰と関係があるとされる織部(おりべ)灯籠や十字型H字が刻まれた墓も見られます。 |
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| ほう どう じ 法幢寺<曹洞宗> (御霊屋)松前家の菩提寺(ぼだいじ)で、裏手には松前藩主松前家墓所があります。本堂左手の御霊屋(みたまや)は、 1834(天保5)年に再建され、歴代藩主の位牌が安置されています。かつて藩主を諌(いさ)めたために流刑となり首をはねられた門昌庵(もんしょうあん)事件の柏巌(はくがん)和尚はこの寺の住職でした。 |
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| りゅう うん いん 龍雲院<曹洞宗> ●国指定重要文化財 1625(寛永2)年に開かれた寺院で、戊辰(ぼしん)戦争の戦火をまぬがれ、江戸時代のままの伽藍(がらん)を残す貴重な建物です。本堂・庫裏(くり)・惣門(そうもん)・鐘楼(しょうろう)・土蔵などからなり、本堂・庫裏は1842年(天保13)の建築で、平成4年、国の重要文化財に指定されました。 |
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| ほう げん じ 法源寺<曹洞宗> ●境内入口の山門 国指定重要文化財 若狭の禅僧随芳(ぜんそうずいほう)が奥尻島に草庵をひらいたことから始まる古寺で、1490(延徳2)年、奥尻より大館に移りました。本堂や庫裏は戊辰戦争で焼失しましたが、江戸時代中期のものと思われる山門(惣門)と経堂が残りました。平成5年に国の重要文化財に指定された山門は、道内最古の建造物のひとつです。 |
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| こう ぜん じ 光善寺<浄土宗> (光善寺血脈桜)1575(天正3)年に建立され、後水尾天皇から山号と法衣を賜ったと言われています。19世紀中ごろに作られた美しい庭園があり、境内には桜の名木血脈桜があります。 |
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| あ うん じ 阿吽寺<真言宗> (不動明王立像)かつて安藤氏の菩提寺として津軽にあり、安藤氏が南部氏との戦いに敗れ蝦夷地に逃れた1443(嘉吉3)年、ともに渡ってきたと言われています。本尊の不動明王立像は、平安後期の作で、仏教美術史のうえで貴重な作品です。また山門はかつての松前城の堀上門を移築したものです。 |
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| せんねん じ 専念寺<浄土真宗> 約400年前に建てられ、浄土真宗では、北海道最古のお寺です。 松前家の特別な保護を受けて幕末までに北海道内における布施を独占し、「エゾ御坊」といわれたほどの名刹でしたが、明治以後2回の火事にあい、山門や経蔵、納骨堂に昔の面影が残っているだけです。 |
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| ほっけ じ 法華寺<日蓮宗> 400年の開基を持つ古い寺。明治5年に焼失し、現在の寺は明治21年完成したものです。龍を主体として彫刻は精巧であり当時一流の彫刻師が刻んだものです。 |
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| しょうぎょう じ 正行寺<浄土宗> 京都知恩院の流れをくみ、本道最初の念仏道場として古い沿革を有しておりましたが、残念ながら昭和36年焼失してしまいました。残された山門、経蔵に面影をとどめています。 |
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| まつまえ じんじゃ 松前神社 正面のお社は松前藩の先祖に当る武田信広公をお祀りしています。明治14年に造られ、現在の神明造りの社殿は大正12年総ヒノキ造りで再建されたものです。信広公が約540年前コシャマインの蜂起を平定したとき、蠣崎季繁からおくられた名剣、来国俊など十余年振りの刀剣の外、豊臣秀吉から拝領したといわれる桐の彫刻、安政年間の松前市街図があります。 |
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